無知から未知へ :: 松岡正剛「多読術」
2009/5/20ぼくは人生の多くを読書と共に歩んできましたが、それは生活面でも思考面でも、経済面でもそうしてきたということです。計算したことなんてありませんが、ぼくの人生コストは本代になっているパーセンテージが圧倒的に高いと思います。ほかのものがあまり高くないということもありますけどね。
しかしそれには、読書感覚をずうっと維持する必要がある。またそれと関連してもうひとつ、自分で決めてきたことは、だからといって読書三昧の日々にはしないで、断乎として仕事は続けるということです。それも仲間と共に進める。一人ではなくてね。
そして、仕事でいかに時間がとられようと、それでも読書をはずさないと決めた。そうやって、どんなときも、愉快なときも悲しいときも、調子のいいときも調子が悪いときも本を読むというふうにしてきたわけです
(「多読術」P162)
- 20 of the World’s Most Beautiful Libraries
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条件が許すならばJay Walkerの書斎で隠遁生活に入りたいと思っているぼくに取って、想像を超える「多読」世界への魅力は非常に大きいものがあります
往々にして処理能力が突出している人ほど、忙中にも関わらず毎日のように本を読み、映画を観る。なので「忙しいから本を読めないよ。。」とは決して言えないし、いやむしろ詰めて読んでやろう!とFX並みのスキマ時間レバレッジmanagementに目覚める次第です
1日は24時間、入力器官は光学的にも難ありな眼球1対、という状況下において、世界中の本を読むには時間制限に引っかかるのが何とも惜しい。が、だからこそ素敵な過去archiveを取り込む行為が面白いと言えるのでしょう
古代に提示された知のスタート地点に、きちんと時間内に辿り着けるだろうか?
