隠すものと強調するもの、おまけにCuteとかわいい
2007/5/26Fashion Valleyへ
ファッションバレーはその名が表すようにサンディエゴの中核をなすショッピングモールであり、十字型に配置された4つのデパートを結ぶ2階建ての通り沿いに多くの店が集まっている。分かりやすいアメリカの巨大モールだ。
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アメリカと日本の服に対する考え方の違いについて
日本からの視点で「アメリカの服装はパターンが少ない」という意見があると思う。たしかに、マニアックなモノも含めて日本では各Target用に差別化されたユニークな服装が多く売られている。センスの良し悪しは選ぶ個人の力量として、日常生活で無理なく触れることができる選択肢の数では日本の方が多そうだ。
ただ、これは日米間の服に対する考え方の違いを理解する必要がある。
これまでのカンサツによると、日本の服は「カラダを包み隠す」ものだと思う。様々な種類の服で体を覆う。そこではナカミ、つまり体格の良し悪しはあまり議論されない。カラダと服は別の文脈で捉えられ、服を着ることで体格に関するあらゆる問題は“リセットされた”ことになる。従って、体つきよりも外殻となる服装が重要視され、そこでは様々な種類が必要となる。
一方で、アメリカの服は「カラダを強調する」ものだ。体と服は同じ文脈上で料理され、服はカラダを覆う布であり、体格の良さをいかに上手くアピールするかという調味料だ。“良い体格は最高の服装”であり、基礎となる肉体の均整をとても重視する。視点は自身のカラダに向かうため、服に対する重要度は相対的に軽くなる。
で、どうするか?
簡単。良い体格をベースにTPOに応じた適切でセンスある服装を狙えば両者のメリットを取れて解決ですね。
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個人的に、健全な肉体に健全な精神が宿る or 均整の取れた体はどんな服でもカッコいい、というまずカラダありきのアイデアは基礎をしっかりと固めれば磐石、という哲学がベースにあるので好きです。これにもとづいた女の子の服装もSuper Cuteで好きです。
「かわいい」と「Cute」もまったく同義ではないと思っており、上の文化backgroundのように、Cuteはより肉体よりで強調したり露出するワザを使います。かわいいはもっと穏当な瀬戸内海のようなイメージ
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下の写真はDiscovery Channel Store
ミュージアムショップと科学館のお土産屋を混ぜたような品揃えが面白いです

